伊豆流罪


伊豆へ島流しとなる

 人を殺そうとしたり、家を襲った人が罰せられるのがあたりまえなのに、それらの人々は何の罪にも問われないというのは、正しい法が行われていない証拠です。
 しかし、幕府も各宗のお坊さんたちも、自分に都合の悪い者が悪人と決めつけ、正しいかどうかを考えることさえせずに、日蓮聖人を伊豆流罪という刑に決めました。
 しかも、松葉が谷の夜襲と違い、国家権力をもって流罪ときめ、鎌倉の材木座の浜から船出しました。
 弟子の日朗上人は、とも綱をつかんで「一緒に島流しにしてください」と叫んだのですが、聞き入れられず、力一杯櫂(かい)でたたかれ、右腕を折られてしまいました。
 船が出て行くのを見送る弟子たちの耳に、「此経難持 若暫持者 我即歓喜 諸仏亦然 如是之人・・・」という日蓮聖人のお経を読む声がいつまでも聞こえていました。

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松葉が谷法難 絵で読む日蓮聖人のご生涯 伊豆法難
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