出家得度


清澄でお坊さんになる

 清澄寺で勉強を重ねた薬王丸は、十六歳のときに、お師匠さまの道善房について、お坊さんになる得度式をして、「是聖房蓮長」という名前になりました。
 蓮長は「日本一のお坊さんになりたい」と、虚空蔵菩薩に願をかけ、猛勉強をしました。
 しかし、勉強をすればするほど疑問が増え、政治の中心地であった鎌倉へ行きましたが、仏教の中心地は京都だったので、二十一歳のときに、「絶対に仏教の真髄をつかむぞ」という強い決心をして故郷を出発されました。
 京都までは遠く、ときには船を使われたこともあるかもしれませんが、何よりも学費が大変だったと思われます。
 両親をはじめ、富木常忍など、知り合いの方々の応援をうけ、希望と責任を感じて京都へ向かわれたのです。

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