晋山奉告文 一章  
日蓮宗大本山 京都 大光山 本圀寺第百四世 
新貫首 伊藤瑞叡日慈猊下


 平成25年5月12日 京都 山科 御陵大岩 本圀寺
   しんざんぶこうもんいっしょう

◎ 晋山奉告文一章
                      
みほとけ  なお   
                      御佛の直き心の徳は、妙経を信じ読む人にあり。

 いちえしょうしん だいしゅ いっしん しょかん       ききょう げんだいしょうねん みょうきょうどくじゅ   だいしょう いずほうなん
 一会清信の大衆、一心に所観の大本尊に帰敬し玄題を唱念し妙経を読誦し、以て高祖大聖伊豆法難
え  ぎ  たてまつる  か         たいざん   ふしょう しょうのう しんざんぎでん ぶぎょう  あわせ おんれきだいほうおんくよう
会に擬し奉る。 仮りて先聖猊下退山並に不肖小衲晋山の儀典を奉行し、併せて御歴代報恩供養、
    こくとう こうざんりゅうしょうきがん しょえ ごんしゅう もっ びちゅう ひょうごう たてまつ 
立正安国々梼、光山隆昌祈願の諸会を厳修し、以て微衷を表告し奉る。
                 おうじ                                       とうじょうごんじゅびゃくほうおんもつ ごんじつ   ぞうらん
 伏して惟みるに、七百五十一年の往時、正に末世法滅の初め、第五の五百歳に入れり。闘諍言頌白法隠没して、権実の正軌は雑乱し、正
  きぼう       だごく わくごう           
法は毀謗せられ、堕極の惑業は現前せり。地涌の唱導師、正・像には未だ出現せず。
 とき かな  まさ                                   こうしん         ちょく 
 時なる哉、当に時なり。如来滅後二千七百一年佛説違う事なし。本化の上首、上行の後身、正に本佛の勅を奉じ、末法の機を鑑じて、迹を日
                   あした            た       ぼんのん
域に垂れ、身を応現し玉う。建長第五の朝、法華三昧より起ちて旭に向い、梵音もて玄題を唱え玉う。
 ほんげ       ゆうよう  ばんらい げき          さん                                 ぎゃっけ し
 本化の大教は悠揚し、萬籟は闃として法界に燦たり。内に塔中の別嘱を秘し、外に不軽の逆化を布く。
しか         ごうてきごうごう                     じんなん とうじょう       るなんかず            こやく   ていかく            おんる  ざん
然して、三類の強敵囂々たり。伊豆の流罪、小松原の刃難、刀杖身に及び、留難数々起る。龍の□の巨厄、身は鼎鑊に臨み、佐渡の遠留、讒
てき       こつ
敵ありて寒気骨に迫まる。
                                          みたび                          まさ 
 一代の行化、難に続くに難を以てす。安国の国諌は三度に及ぶ。一期の化導三十有余年。方に知る、五重玄義の五字は文に非ず義に非ず
                                   かんけつしたたって 
一部の意ならくのみ。忍難の慈勝、大悲の汗血滴って斯の中に在り。
ゆいきょう                     みなみょうみょう        おむ   これ                 ほうが                           しん あらわ
 遺教は遙かに及びて在々処々に皆妙名を聞く。別して惟うに、維、弘長元年五月中二、法駕は伊東に移れり。既にして杖木瓦石の讖を験し
     とうじおんり                しんかん たじつ              なおろうろう                           りんぽう 
今亦「遠離於塔寺」の文を色読せり。辛艱は多日すれども、本地は尚朗々たり。松風に潮音ありて、昼夜に妙法の輪寶を転じ玉う。
            ほんぬむささんじん                            しょうじほっすい            ほうやく
天竜は座に侍し、本有無作三身の教主は、立像釈迦牟尼彿として生死法水の海中より出現し玉う。かくて法益は遍満し威神は感通して憲府
  あやまち く  ほうい      しんき 
は過失を悔い法威は再び振起せり。
      おも                                                                                    がんしょ
 伏して惟うに、大光山本圀寺、本地を訪ぬれば、高祖大士、御生涯中の中心、法難折伏二十二ケ年の布教弘通、その元処たる、松葉が谷
  ごしょうあん
の御小庵たり。二祖日朗菩薩の住せる安国院にして、三祖日印上人の持せし本證寺なり。
     さんみ                                                 いちれいさつ
 四祖三位日静上人幼にして朗尊より拝命、よって京の都に移遷せるの一霊刹也。
こうごんていこうみょうてい             しょうちゃくふほうてきでん りんじ       れきじゅ    ちょくがん こくとう                         けんらん
 光厳帝光明帝より永代天領地及び正嫡付法的伝の綸旨を賜る。爾来歴数天皇の勅願国祷の道場となる。世に謂う六條門流の絢爛隆昌を
見たり。
 てんもん                                                                                    ほっけそうほんじ
 天文法難・天明大火の変遷を経るも、高祖隋身立像釈迦牟尼佛・立正安国論広本・三赦免状の三箇の霊寶を蔵し、法華総本寺としてその
いふう  ごじ  き
威風を護持し来たれり。
しか                               もんまつ
然る所、昭和初期の本末解体に六百有余門末寺院は離散し、東亜敗戦の農地解放に数多の寺録は消失す。
                      しんかん くだ             じんすい                   えんざんさんりんじけん              さくぼう さんじょう
 歴代の先師、大山護持に心肝を拉くと雖も、統卒の尽粋天に通ぜず、不祥事重なり、延山山林事件の業火飛び来って政爭策謀の惨状とな
   
れり。
 かつろ       やましな  
 活路を求めて山科移転を計るも、境内地売却の不備等に依り、訴訟起りて大小五件に及ぶ。遂に移転中断の止むなきに到れり。
                                             うしな
 よって、風致地区山科の新地、六條境内の旧地、共に失わんとす。諸堂伽藍の解体資材は消失し、加へて御本尊諸像寶物等は他山他寺に
                    さんぼう                                                        ひっぱく         ああ
移れり。檀信又離反して惨忙の極を呈せり。巨額の損害・賠償、解散請求の訴訟等、ハ方閉塞の危機に逼迫せられたり。呼鳴、かくして先師
                                      はいめつ
の法勲の重なれる正嫡付法的伝の法燈、当に廃滅せんとす。
れいせきはいぼう                         そうみょう  
 霊跡廃忙の現状は、是れ即ち正法滅尽の相貌なればなり。此の時に当たり、先考師範沙羅樹院日瑞和上、特選の宗命を拝受し、京は縁頭
    
の本山本満寺に、しばし草履をぬげり。旧六條の廃墟に立ち、新山科の惨状を見て、非憤の涙を流せり。時に、晋山式無き晋山の日は、奇しく
      
も伊豆法難の聖日に符号せり。忽然として護山捨身の思念を喚起し、佛祖護念の守護、吾に有りとの信解に決定せり。もって諸事件を解決し
      
て再興せんとの祈誓に至れり。と、しか云う。
       かっしゅう      もと さんない           
 かくして闔宗の協助の下、山内結束して、閉塞の底より起ち、世の強圧有りしも、策謀を除くことを得たり。もって、諸事件を円に解決し、難訴
    
訟を満に和解するに到れり。加へて散失せる殿中問答勝利の大黒天・註画讃を始めとする諸寶物の回収を成せり。
       くせつ 
 心血注ぎて、苦節十年、治水の難工事も良く進渉せり。高祖降誕七百五十年慶讃を目して、本師堂・大本堂・旧書院を再建し、清正廟・重文
                            ちゅうこう
経蔵・客殿・庫裡等を完工するに到れり。中興の任、茲になる、以て山様の正軌を示せり。
            しんち                              みょうしょ
 呼鳴、山科の新地は、山紫水明・優美寂静、清楚端麗の妙処なり、と人は云う。高祖大士の吾等門下に与へ玉う所、正法興隆の本地と作す
    
べし。
           じょう てんじてんのう みささぎ 
 大化改新を成ぜし天智天皇の御陵の左上にありたれば、宗門改新の聖地とも云ひつべし。光山の再興なくして宗門の隆昌なしとは、先師先
     
聖の持言なり。
                                 ひさむらたいどうにちかんだいわじょう                                            えんしほうえん
 時を経ること三十有五星相、第六十八祖久村諦道日鑑大和尚、第一百二祖吉田宏遠日厚大和尚の献身と旧末諸寺院護山会、莚師法縁隆
                      
源会の助力、歴世諸聖猊下乃資助とを得て、立教開宗七百五十年記念を目して、三解脱門・出陣赤門・新客殿等を建立し、寺観の荘厳、以て
                      
慶讃に擬し玉へり。幸甚とも云ひつべし。而も、日鑑大和尚、沙門某申をして光山歴世加判乃光榮に浴せしめ玉う。
                         
 先考瑞上と舎弟分なりとの妙縁あるに依ればなり。
                        
 而して叉、日厚大和尚、学道求法講院を再興し、小衲をして院長講主に招聘し玉へり。
                              
 今叉、以て三請して猊座を譲り与へ玉う。朗門譲り状の古例に依ればなり。
                          
 恩徳深大なり。如何なる弁才を以てか謝辞に及ばん。
   こうざんぐほう しゅうがくひせき        ちょうおつ
 思うに、光山求法の習学丕績は、諸山に超越す。
さんせい       へんぼうころ かんし  かせん          ぎょう     しゅくぜん じさんざんき
 三省するに、小衲・辺方孤露の寒子、迦旃たらず、学徳行力及ばず、粛然、自懺慚愧あるの耳。
                                   ほっすい            あ                        や
 然して、庸才不敏なりと雖も、苟しくも本化法水の末流に浴せり。豈に正嫡付法の真義を究尽するの志念なからん乎。
                              
 先考瑞上との約定あり。華厳・法華・本化の菩薩道の基礎研究、三大秘法抄の真偽判定の新研究なり。
                                
 昨年、古稀を迎へて、綱要広本に廿三巻の訳注研究が上梓を作し得たり。
                                   な
 彿祖の慈悲、先師の哀愍、善神の守護、これに依らずんば作すこと能わじ。感涙おさへ難し。
           それがし  
 かくして、不肖某申、一蓮華座上の一塔両尊、即ち釈迦如来は法界定印を結び、多寶如来は満月輪印をもって証誠して、共に俱体俱用の一塔
                                                      しゃく                         ようげん
本有の妙法、常住の本彿を示し玉うところ、帰敬受持するところの四士、笏なげの高祖大士、先師諸聖の共に影現せる此の御寶前に於て、續
ぞくしゅごほう               ぐせい             
種護法し護山護寺せんことを弘誓し、輪宝本尊常住生御影堂の建立、布教院の充実、求法院の再興、授識灌頂戒壇院の底礎に精進せんこと
  べちがん
を別願し奉る。
                       ぶこう       びちゅう  ひょうはく    
 以て本歴晋山の御報恩謝徳の奉告に擬し、微衷を表白し奉るの由縁なり。
                               きりゅう                  
 呼嗚、皆帰妙法の誓願は、光山の本地より起立して、王臣一同に及び、閻浮同帰に趣向せしめて、大光普照、本国土妙、通一佛土の心事
                  
相の観成せんことを憶念する而已。
                             きしんとうはい え  ほっけせんぼう     けんしゅう
 遠近有縁の大徳諸聖の御来駕を請ひ、檀越信徒の帰信登拝を得て、法華懺法の法会を兼修し、以て廻向に献備し奉る。
                                      りけんおうご
 仰ぎ願はくは、高祖大士、歴代の諸先聖、総じては諸菩薩諸天善神等、利験擁護を垂れ、後五百歳中広宣流布、四表静謐、立正安国、宗
                
門榮昌と守護現成せしめ玉へ。
                ちんじょう                          ほんごくほっしん 
 別しては、当山興隆、山門鎮静、一切無障礙感応冥助と加持示現し玉はん事を。本極法身の妙体、常住一体三法の妙旨、一妙三秘、南無
     
妙法蓮華経
    
維時 平成廿五年五月十二日
   光山加歴九十七世本歴百四世晋山の砌
      正嫡嗣法 権大僧正 沙羅院瑞叡日慈
                     敬白 稽首和南(けいしゅわなん)
   だいほんぞん みもと いた じっしそうしょう あわ    うやま もう
  大本尊の御下に到りて、十指爪掌、合せて敬い言す
   
提婆品に云く、浄心に信敬して疑惑を生ぜざらん者は、地獄餓鬼畜生に堕ずして十方の彿前に生ぜん
    
日蓮日朗口決要文、宝塔品の此経難持より皆応供養までの宝塔偈
     
此の経は持ち難し 若し暫くも持つ者は 我即ち歓喜す 諸佛も亦然なり 是の如きの人は 諸佛の歎めたまふ所なり 是れ則ち勇猛なり 是れ則ち精進なり 是れを戒を持ち 頭陀を行ずる者と名く 即ち爲れ疾く 無上の佛道を得たり 能く来世に於て 此の経を讀み持たんは 是れ眞の佛子 淳善の地に住するなり 佛の滅度の後に 能く其の義を解せんは 是れ諸の天人 世間の眼なり 恐畏の世に於いて 能く須臾も説かんは 一切の天人 皆供養すべし

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