六月の随想


バ ラ





 昔、五武器太子と呼ばれる王子がいた。五種の武器を巧みにあやつることが出来たので、この名を得たのである。修行を終えて郷里に帰る途中、荒野の中で、脂毛(しもう)という名の怪物に出会った。

 脂毛は、そろそろと歩いて王子に迫ってきた。王子はまず矢を放ったが、矢は脂毛に当たっても毛にねばりつくばかりで傷つけることができない。剣も鉾も棒も槍も、すべて毛に吸い取られるだけで役にたたない。

 武器をすべてなくした王子は、拳を上げて打ち、足を上げて蹴ったが、拳も足もみな毛に吸い付けられて、王子の身は脂毛の身にくっついて宙に浮いたままである。頭で脂毛の胸を打っても、頭もまた胸の毛について離れない。

 脂毛は、「もうおまえはわしの手の中にある。これからおまえを餌食にする。」と言うと、王子は笑って、「おまえはわたしの武器がすべて尽きたように思うかも知れないが、まだ、わたしには金剛の武器が残っている。おまえがわたしをのめば、わたしの武器はおまえの腹の中からおまえを突き破るであろう。」と答えた。

 そこで脂毛は王子の勇気にくじけて尋ねた。
「どうしてそんなことができるのか。」

 「真理の力によって。」と王子は答えた。そこで脂毛は王子を離し、かえって王子の教えを受けて、悪事から遠ざかるようになった。


仏教聖典〈さまざまな道〉より


月の初めには、新たな絵を更新してまいります。 住職   合掌