〔月例金曜講話資料〕   平成18年 4月7日


「世界平和・核兵器廃絶を祈る唱題運動を実践して」


                                           功刀 貞如師

 私は被爆者ではありません。しかし、若い時広島へ行って、原爆資料館を見、被爆者の話を聞いて、一大衝撃を受けました。それ以来、宗教者として広島や長崎に足を運び、平和の祈りや原爆犠牲者の供養をさせていただきました。
 その間、いろいろな分野で核兵器廃絶のために命をかけて運動している人たちの姿に接し、あるいはその著書や作品を拝見し、人類の犯した罪がいかに大きなものであったかを、心の底から感ずるようになりました。


 原爆戦争死没者五十回忌
  日蓮宗広島法要平和宣言(平成五年十月二十一日)
 
 人間の悪い智慧は戦争を起こし
 ヒロシマの阿鼻叫喚を生んだ
 今もあちこちでくりかえされる戦争
 踏みにじられている人の尊厳
 あの日から五十年
 私たちは学んだろうかヒロシマの意味を
 私たちは見極めただろうか歴史の真実を
 −人類はすべて吾が子ー
 深い懺悔とともに
 このみ仏の教えをかみしめて
 二人・三人・十人
 百千万億の人に伝えよう
 この世界が
 み仏の国土に生まれかわるために
 身延山

   (平和のいのり納経塔 碑文 右側)

 平成六年十一月十八日
 願主 日蓮宗 中四国教区各宗務所 九州教区各宗務所

 裏 碑文
 
 悪の智慧・・・ 智慧亡国御書
 人類は・・・  法華経譬喩品
 二人・三人・・・撰時抄

 平和祈念祭長崎大法要 日蓮宗管長猊下御親教要文(抜粋)

 昭和二十年八月六日広島に初めて原爆が投下され、次いで同九日に長崎にも投下され、
 幾十万の尊い生命が奪われました。
  戦争は勝つ者もまた敗れたる者も共に傷つき、此の上も無い悲惨と不幸をもたらします。
  人間は角も無く、牙も無く、相手を引き裂く鋭い爪も無く、甲羅も持っていません。
 お互いに協力して、共に生き共に栄えるよう生まれついています。
  仏陀は、勝つ者は恨みを招き、敗れたる者は苦しみを増すと教えられ、協力と和合の
 生き方を示されました。
  一瞬の閃光に犠牲となられた原爆被災者の無念さは、筆舌に尽くしがたいものがありますが、
 戦火が止まんことを、平和の来たらんことを祈り求められた御霊位を慰める道は、無念さを
 はらす事ではなく、祈り求められた平和を、此の地上に築くよう努める事にあります。
  この祈りを常に念頭において、信心込めて平和への力強い前進を続けることを誓うと共に
 ご冥福をお祈り致します。

   (平和のいのり納経塔 碑文 左側)

 日向山世界万国戦争犠牲者供養塔願文
 (世界平和・核兵器廃絶を祈る唱題運動)

 あなたたちは
 人類の業を消すために
 命を捧げてくれました
 ありがとうございました
 どうか人類の守護霊となって
 世界平和核兵器廃絶のために
 お働きください
   (平成十四年十月建立)


 私のありがとう 
 (世界平和に貢献するラーメン屋で働く十九歳の女性)

 いつからだろう この手がボロボロになったのは
 いつからだろう この手が働く手になったのは
 だって毎日ラーメンを運ぶ手だから
 毎日世界平和に貢献している手だから
 年末にはアカギレが発生
 私の年ではめずらしいだろう
 友達の手はもっときれいなのに
 でもこの手は毎日ラーメンを運ぶ手だから
 毎日世界平和に貢献している手だから
 それでいいのだ これでいいのだ
 お客様からの「ありがとう」の一言で
 この働く手に
 ありがとう
 ありがとう
 ありがとう

 (サンマーク出版・清水英夫著「ありがとう戦略」)
  「宝珠」平成十七年六月号「鼓動」より

 はきものをそろえる
    長野県円福寺 藤本幸邦(和尚)
 はきものをそろえると心もそろう
 心がそろうとはきものもそろう
 ぬぐときに そろえておくと
 はくときに 心がみだれない
 だれかが みだしておいたら
 だまって そろえてあげよう
 そうすればきっと 世界中の人の心もそろう

 もしかしたら 世界平和になるかもしれません

 「宝珠」平成十七年 十一月号「鼓動」より

 

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